永井 政之 総長

すでにご存知のように、本學でも卒業式、入學式の中止やオンライン利用による式典の挙行、さらに授業のハイブリッド化などをはじめとして、あらゆる場面で試行錯誤を伴いつつの対応を余儀なくされました。大學の教職員は、関係されるさまざまな方々のご協力を得つつ、必死の努力を続けて參りましたが、結果としては、必ずしも十分ではありませんでした。

この度卒業される皆さんに即して見ても、貴重な4年余の學生生活の半分に垂んとする時間を、未曾有の事態の中で送られました。大學生として必要な「學びと研究の場」を十分に提供できず、多大な不便を被られた皆様に、大學を代表して衷心よりお詫び申し上げます。
と同時に、このような形をとらざるを得なかったにせよ、皆さんがさまざまな工夫と努力の結果、ここに無事に卒業の日を迎えられたこと、心からお祝い申し上げます。

いったいコロナウイルスの蔓延が、私たちの毎日に大きな影響を與えていることは、言うまでもありませんが、その影響力がどのような形で今後殘り続け、私たちの価値観や生活を変えていくのか、「ニューノーマル」?「新常態」がどのようなものになるのか、「想定の外」にあるような気がしています。

平成に入學し、令和に卒業される皆さんが、青春を過ごした本學での學生生活を、遠い將來、どのように総括されるのか。その時が來るまで、時々刻々、変化する「ニューノーマル」の時間をどう過ごし、日本を、そして世界をどう作り上げていくのか。私は強い関心と、そして期待を持っています。

古來より「人間萬事塞翁が馬」、あるいは「災い転じて福となす」という言葉があることはご存じの通りです。コロナ禍という苦難を経験された皆さんが、想定外の苦難を乗り越えて、「未來」に大輪の花を咲かせて下さることを祈ります。

いずれにせよ、ニューノーマルの時代、AIに代表されるように、まれに見るほどの科學技術の発展の結果、私たちの生活が今後ますます便利になっていくことは疑いありません。その出発點とも言うべき現在ですが、私たちは一方で、その「便利さ」を、無條件に享受していいのかという、漠然とした不安感を抱いてはいないでしょうか。

それは科學技術を生み出し、使い、さらに工夫発展させてきた私たち人間が、ある時期から、その科學技術に使われるようになりつつあることに、気づいたからだと思います。

かつてチャップリン主演の映畫「モダン?タイムス」が描いたような、機械化に翻弄される人間社會、いわば主客転倒の狀況が杞憂であってほしいと願いつつ、毎日を過ごし、將來を見つめているのは、私だけではないように思います。識者は、來たるべき「ウィズコロナ」の時代を前提に、現実を、むしろチャンスに切り替えることが必要と、さまざまに提言しています。聞くべき提言も少なくありませんが、その実現には相當の時間と努力が必要であること、言うまでもありません。

ただし言えることは、未來がどのような時代になるにしても、それを構築する主體は、あくまでも「人間にある」ということ、そして毎日、毎日の私たちの営みが、未來の社會を作り上げているということを忘れてはならないでしょう。

1年次の必修科目「仏教と人間」をはじめとして、さまざまな機會を通して理解されているように、駒澤大學は「仏教?禪の教え」を基本とし、具體的には「行學一如」「信誠敬愛」をもって建學の理念とします。それはどのような人生を歩むにしても、ブッダの説かれた縁起の教えに基づき、あらゆる存在に対して、慈しみの心を持って生きていく事を學び、そのような生き方を人生の基本に置くべきとの信念によります。

現代という時代だからこそ、ともすれば忘れてしまいがちな、「自分自身(自己)と他人自身(他己)を同価値?平等であると見る姿勢を失わない」生き方、「あらゆる存在にその尊厳を認める」という生き方を、「今まで以上に忘れない」ということがまず基本に置かれるべきだと、私は強く思っています。もうすこし分かりやすく言うなら「外からの誘惑?煩悩に振り回されるな」、「自分勝手に生きるな」ということになりましょう。それは、自己と他己を平等に見ることを忘れることなく、「自分を信じ、自信を持って生きる」、あるいは「自覚して生きる」という意味でもあります。

ここで「修行」という言葉を持ち出すと、何やら唐突のようで抹香臭い雰囲気すら漂いそうですが、「禪」で言う、修行とは、斷食とか不眠不休とか、肉體を苛め抜く何か特別のことを行うのではなく、毎日をつつがなく過ごすための、弛まない努力を重ねていくことこそが修行の本質であり、他人の人生ではない、自分の人生を、丁寧に自分が生きること、それが「修行」だと私は考えています。

皆さんのこれからの長い人生、新型コロナウイルスの蔓延以上に、予想できないこと、思い通りにならないことが、頻出することは疑いありません。そのような場合、どう工夫し対処するか。そんなとき「振り回されない」という教えを、また「毎日が修行である」という意味を、是非、思い起こして頂きたく思います。そのことを切に念じて、皆さんの卒業に當たっての、私のはなむけの言葉といたします。

令和3年9月18日

學校法人駒澤大學
 総長 永井 政之

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