ラボ駅伝

駒澤大學で行われている研究を、リレー形式で紹介する連載メディアです。創造的でユニークな研究を通して見える「駒大の魅力」をお伝えします。

學びのタスキをつなぐ 駒澤大學 ラボ駅伝

第24區 徳野崇行 準教授

現代日本と供養文化

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日本人にとって一番身近な仏教は、お葬式や法要の儀禮だろう。小さな子どもも大人と一緒に仏様に両手を合わせ、お盆や彼岸には菩提寺に足を運ぶ。しかし少子高齢化で墓を継承する人も減り、日本の檀家制度は危機に直面している。一方で、樹木葬や海洋散骨、宇宙葬など埋葬のしかたは多様化し、IT技術を活用したロボット導師まで登場するなど、葬儀のスタイルも変化しつつある。日本仏教の供養儀禮を研究し、曹洞宗の僧侶でもある徳野先生に、日本の供養文化とその未來についてうかがった。

寺に伝わる行法書から日本の供養儀禮の源流をたどる寺に伝わる行法書から
日本の供養儀禮の源流をたどる

徳野崇行 準教授

私は仏教の供養文化、なかでも日本の禪宗における供養儀禮を中心に研究しています。じつは生家が宮城県のお寺で、小學生のときに得度しました。宗教學に興味を持ったのも、私のような地方の菩提寺の僧侶たちが、かつてどうやって仏教をひろめ、一般に根づかせていったのかに関心があったから。道元禪師のような祖師の思想も大切ですが、むしろ身近なお坊さんたちの宗教生活を知りたいと、葬儀や儀禮を中心に研究を進めてきました。

例えば、「葬式仏教」あるいは「葬祭仏教」という言葉があるように、日本の仏教は葬儀との関わりが深いのですが、供養儀禮の研究は手つかずのところも多いのです。禪宗には、僧侶が日々やるべきことや年中行事のやりかたが記された儀禮マニュアルともいうべき「清規(しんぎ)」という寺ごとの行法書があります。現存する最古の清規は1103年に宋の長蘆宗賾(ちょうろそうさく)が編纂した『禪苑清規(ぜんねんしんぎ)』とされますが、その中に僧侶が亡くなったときの葬儀のしかたが書かれていて、それが日本の葬儀の源流となっているのです。

日本の曹洞宗の大本山、永平寺には中世から受け継がれた『永平清規』の世界が生き続けています。私もそこで1年間、修行をしました。夜明け前に起きて坐禪を組み、朝課の読経をし、質素な粥の朝食をいただき、掃除をして晝の法要...と夜の9時まで分刻みで修行が続きます。私はこの修行で20kgも痩せました(笑)。

永平寺での修行時代(前列左から2人目)

修行後に改めて清規を読むと、內容が手に取るように分かるようになりました。例えば「粥罷(しゅくは)」と書かれているのは「朝ご飯の後だな」といった具合。同時にそのときの空気感も蘇ります。すべての堂舎に人が割り振られ、くまなく浄めていく。寺の伽藍が人體だとすれば、雲水はその中を流れる血液となって生きている。史料が語っていることも、こうした実感を伴ってイメージできます。これは本當に大きな體験でした。
禪というものを研究者として客観的に見つつ、僧侶として內在的にも向き合うことができるのは、他の宗教學者にはない私の強みです。

貞和四年(1348年)に開かれた正法寺(巖手県水沢市)に伝わる『正法清規』

先祖供養は明治生まれの新しい儀禮 時代とともに変化してきた供養文化先祖供養は明治生まれの新しい儀禮
時代とともに変化してきた供養文化

清規を研究してきたなかでもっとも重要な発見は、先祖供養の儀禮が明治から始まったということです。もちろん、死者の供養そのものは、仏教の伝來當初から存在し、中世の清規にも書いてあって、以來800年続いています。しかし、儀式としての先祖供養が始まったのは近代に入ってからなんです。
日本には、皇祖神としての天照大神を奉った伊勢神宮を參拝する慣習がありました。それが、明治時代になって神道を國教に據えようとしたときに、神や先祖を國民全體で崇めるべきだという議論になり、そこに仏教界も呼応して先祖を対象とした供養の儀禮を行うようになったと考えています。

大學院博士課程では、禪宗の清規を資料に、供養儀禮の歴史的変遷を研究した

ちなみに葬儀を仏教が擔い始めるのは中世からで、鎌倉時代の少し前に天臺宗の僧侶、恵心僧都源信が『往生要集』や『橫川首楞厳院二十五三昧起請(よかわしゅりょうごんいんにじゅうござんまいきしょう)』の中で、極楽に往生するため仏教的な功徳を積むことを重視し、臨終の作法として、仏教的な葬儀のやりかたを解説し、念仏の功徳を力説しました。それが一部の上層階級に葬儀として広がっていきます。もっとも當時は多くの民衆は野捨てが普通で、墓といっても五輪塔や板碑(石卒塔婆)という集合墓でした。

東京都臺東區長安寺の板碑。建治二年(1276年)建立
鎌倉と逗子を結ぶ名越切通にある、中世の葬送遺構であるまんだら堂やぐら群。
巖盤をくりぬいた中に五輪塔が納められている

その後、島原の亂以降、江戸幕府がキリスト教を禁じて人々を寺に所屬させ、キリシタンではないと証明する寺請証文を発行させるようになり、それが檀家制度として根づいていきます。地方のお寺が民衆管理を擔い、檀家制度を支える重要な儀禮として故人の冥福を祈る追善供養が全國に流布し、今日の仏教的な葬儀へと発展していくのです。江戸時代には四角い墓石も普及し、初期には一つだけだった戒名が、二つの戒名を刻んだ夫婦墓になり、やがて家紋が入った家の墓へと置き換わっていきます。

檀家制度から次の時代のシステムへ 時代が求める新しい仏教のかたちを檀家制度から次の時代のシステムへ
時代が求める新しい仏教のかたちを

いま葬儀がどんどんプライベートなものに変化していき、戒名はいらない、葬儀もいらない、埋葬も樹木葬や海洋散骨、宇宙葬など、さまざまなスタイルが登場しています。新型コロナウイルス感染癥によって、昨今はオンライン葬儀も當たり前になりました。葬祭ビジネスの見本市であるエンディング産業展では、檀家制度や菩提寺にかわるものとしてITを活用したロボット導師なども提案されています。追善供養のありかたや葬儀のありかたも、さらに変わっていくでしょう。

日本は多死社會化し2040年頃にピークを迎え、その後は死者數も葬儀も減っていくといわれています。そうなると檀家制度を経済基盤としてきたお寺は立ちゆかなくなります。そのとき、改めて本當の仏教のありかた、生きている人と向き合った仏教が問われるのではないでしょうか。

そもそも、中世まではどの寺に帰依するかは自由に選択できました。禪僧の世界では、修行をしながらお寺を渡り歩いて自分の正師を捜し求め、徳のある住職には多くの修行僧が集まり、お寺の格式も決まりました。おそらく、これからは信仰したいお寺を人々が自由に選ぶ時代が再びやって來るのではないでしょうか。

例えばアメリカのサンフランシスコ禪センターのように、供養とは関係なく共同生活をして坐禪を組み、自家製パンやクスクスのサラダなど、肉や魚を使わないおしゃれな精進料理を提供する。そんな形の寺が日本でも登場するかもしれません。日本でも一般の人が出家者と共同生活して修行するお寺がありますし、永平寺でも1週間の禪修行體験などを行っています。こうした、葬式や供養儀禮以外で仏教と接する機會を用意していく必要があるでしょう。

あるいは、現代社會のシステムをまるごと仏教に置き換えていくような話もあるかもしれません。仏教のサブスクリプションに登録すると読経のコンテンツが得られたり、半年に1回、お寺の修行にエントリーできたり。高僧とZoomでつながろう、とか。
いずれにしても、これまでの寺檀関係を自明視せず、時代に適った形に刷新していけばいい。仏教は諸行無常、常に物事は変化してやまないというのが真理なのです。

精進料理の研究から日本の食文化を変革するアジテーターを目指して精進料理の研究から日本の食文化を変革するアジテーターを目指して

昨今は宗教社會學、宗教民俗學といった具合に學際化が進み、研究手法として宗教學の獨自性を出すのは難しいのですが、私はむしろ宗教學が研究を活発化させる火付け役になればと考えています。

私が研究している精進料理も、禪や日本文化に関わる學際的なテーマです。ご存じの通り、精進料理は仏教的な菜食料理を指し、永平寺でも參拝者には「雲水は精進料理を食べている」と説明されるわけですが、雲水は精進料理とは言いません。朝は小食、晝は中食、夜は薬石と呼ばれます。
なぜかというと、精進料理という言葉は仏教的な言葉ではないからです。お釈迦様が説かれた『八正道』の教えの中に「正精進」という言葉があります。これは、正しく努力せよという意味です。一方、食に関わる事柄は「正命(しょうみょう)」、すなわち正しい生活の教えの中で説かれていて、道元禪師も「正命食」と語っています。
では「精進料理」という言葉はどこから出てきたのか。調べたところ、江戸時代の料理書の中にありました。檀家制度が広まって、法事の際にお坊様に食事を出すとき、肉や魚は食べられない。そこで仏教的な食である"精進料理"が求められた。つまり、精進料理とは法事でお坊様に出す食事の総稱であり、お寺の食文化を在家の目線で語った言葉だったというわけです。

日本仏教では、明治期以降に「肉食妻帯勝手たるべし」というお觸れが出てからはすっかり世俗化してしまいました。私自身、お肉が大好きで、傍から見ると戒律を守っていない俗っぽい僧に見えてしまうと忸怩たる思いもあります。これからはより僧自身の生き方が問われる時代になるはずですから、私たちも菜食の意義を発信しつつ、自分自身が変わっていくよう主體的に関わっていく必要があるでしょう。
牛丼ならぬヴィーガン丼など新たなメニューを開発したり、駒澤大學にオフィシャルの精進レストランなどを作ったりしてもおもしろいですよね。
研究活動を社會のよりよい変革、新しい変化を生み出す起爆剤として、産學連攜のような形で盛り上げていきたいと考えています。

Profile

徳野崇行準教授
2011年駒澤大學大學院人文科學研究科修了。博士(仏教)。2007年から1年間、大本山永平寺に安居。2012年駒澤大學非常勤講師。2015年同大學仏教學部専任講師。2019年より現職。生家は宮城県の寺院で、小學生で得度。研究者であり曹洞宗僧侶でもある視點を活かし、とくに日本禪宗の供養儀禮、死者供養や精進料理などを研究。著書に『日本禪宗における追善供養の展開』(國書刊行會)ほか。

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